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AIとブロックチェーン

AIとブロックチェーン、今この2つのキーワードを聞かない日は無いと言っても差し支えありません。
一見、結びつきそうにないAIとブロックチェーンについて考えてみましょう。
AI(人口知能)が実現する、実現しそうな社会については様々な意見があるのは周知の通り。
ここでその詳細を書いていると、またブログのテーマとずれるので詳細は省きます。
個人的には「2025年・失業率75% 人口知能に仕事を奪われる日」(渡邉延朗 著)
がリアルな未来像を描いていると感じています。
どちらかといえば、ディストピアに向かう未来像ですが、、
全くのディストピアではなく、超格差社会の究極形となり、AIが支配する社会へ変遷するため
これまでの価値観や生き方を見なおずべきである、という提言がテーマとなっています。
個人的には、「全くその通りではないか?」と考えます。
まずはその根拠から。
同著でも、「地球に暮らす人々の目覚めは、紙幣が富だと勘違いしている事にまず気づくべきである」と述べています。
これは当ブログと全く同様の主張であると考えています。
紙幣を手に入れるために生きている人が何と多いことか。。。

「紙幣は紙切れである」、とは良く耳にする言葉。
では、なぜそんな紙切れを手に入れるために、人々は人生の大半を犠牲にし、
時には絶たなくても良い命まで自ら諦めてしまうことになるのでしょう?
そこを明確に説明できる人にお目にかかるのは、極端に難しいかと。
なぜなら、それは他人に説明を受ける類疑問ではなく、自ら考え、行動して導かなかれば
ならない問題提起だからです。
当ブログでも、ブロックチェーンを基本技術にする暗号通貨を取り上げいます。
ビットコインはそうした暗号通貨の一つに過ぎません。
たまたま、現在通用している通貨との交換価値で目立っているだけの事で、
暗号通貨でも、私たちが日常で目にする「¥」通貨でも根本は何も変わりません。
ところが、暗号通貨というといきおい身構える人が非常に多いのは事実です。。
確かに、紙切れでもなく、ブロックチェーンという耳慣れない(あるいは得体の知れない)場所に存在しているので、
固形の物体として、持ち歩いてお店で「これで払います」と言っても使えるお店は非常に限られています。
どこのお店でも使える方法はあるのだけれども、それなりのリテラシーは必要かと。

今回のテーマ「AIとブロックチェーン」のポイントがここにあります。
AIがもたらすディストピア。確かに、AIが現在人間が従事している仕事に取って変わることはもう避けようがありません。
そのことを否定してしまうと、AIが取って変わる社会ではなく、現在の社会システムを否定することになってしまいます。
どういう意味かと言えば、私たちの日常生活は資本主義という基盤の上に成立している。
この事実をを否定することもできない。いや、否定することは生きることを否定することにつながってしまうから。
少し想像力を働かせてみましょう。どんなに社会との接点を否定したとしても、
何も食べていかない、ということは不可能です。自給自足という道があるではないか?と
問われても、生まれた環境が自給自足で成り立っていない限りは、自給自足へ至るまでは、
社会との接点は必要です。
資本主義は利潤最大化を目標とします。その資本主義に乗っかっている企業も同様。
いくら、口先で「お客様第一です」と言っても、それはあくまで口先に過ぎません。
何せ、利潤追求を怠ればそもそも存在自体が危うくなってしまいます。


AIが資本主義にもたらすのは「資本主義のユートピア」。
利潤追求を究極まで推し進めることが可能。
極論すれば、人間が一人もいない企業が出来てもおかしくないし、現実的に可能。
その企業は全てが自動化された株式市場に上場しており、
これまた全自動のAIトレーダー(もう、これは現実化されているが)
が株や債券の取引を行う。利益を得るのは誰であろうか?もしかしたら、AIなのかもしれません。
AIが意思を持つことも可能と言われている。知能は人間がどう束になろうとかなわない相手だ。
もうAIが意思を持てば、人間は駆逐されていくのかも。。。。
これは人間にとってはディストピアそのもの。
ここまで究極の形になることは今すぐには難しいでしょう。
しかし、IT技術の歴史を見ればすぐわかること。
技術の発展など、それまで想像していた速度をすぐに超えてしまいます。。
案外、私たちが生きている間に、資本主義のユートピアが実現してしまっているかもしれません。